自宅に帰ると宅配便の「不在通知」がポストに入っている。
ドライバーさんに電話をして再配達を依頼する。
うっかり風呂に入ろうものなら再配達に来てくれたことさえ気がつかないなんて事は良くある。
宅配便のドライバーさんはそんなストレスの中で日々、業務を遂行している。
ドライバーさんは一日、200個近い荷物を持ちだしている。
まさに「分単位」で動いている。
その事を考えたら再配達をお願いして風呂に入っているなどという事は出来ないはずだ。
現在、日本は過去に例を見ない深刻な人手不足だ。
特に宅配便のドライバーは今後も人手不足が深刻化しそうだ。
ネット通販大手のアマゾンは宅配便会社が受け入れ数量を減らしているを考慮して自前でドライバ―の確保を始めている。
ネット通販の命運は配達ドライバーにかかっている。
ただこちらも高齢化が進むかもしれない。
この状況に先手を打ったのは日本郵便だ。
配送した商品を玄関前に置くことにより配達を完了とする「置き配(おきはい)」を進めている。
通常は商品を直接、手渡して「受領」の印サインをいただくのが通例だ。
受け取りが無いと客からもらっていないと主張されてしまうからだ。
そうこの置き配では意図的に盗難の主張する輩がでてくる事は容易に想像できる。
また高額商品だと保険をかけないと怖くて送り主は商品を送る事ができなくなる。
また雨、風などによる商品破損も想定する必要があるだろう。
またマンションでは玄関の前は共有部分なので大きな荷物を置く事を管理組合は認めないだろう。
この共有部分は管理組合の頭の痛い所だ。
例外を一つでも認めると住人の拡大解釈が始まり荷物がどんどん置かれるようになるからだ。
だからマンションでは置き配を認めず従来通りの宅配ボックスで対応するしかない。
昔の長屋の様に隣三軒両隣の時代には一声かければお互いに助けあう事もあった。
でも最近ではお隣の接点は非常に希薄となってしまった。
下手をするとお隣さんと会うのが年に数回なんて事だってありうる。
この置き配サービスがどこまで定着するかは少し検証の時間が必要だろう。
置き配には日本人特有の性善説が大前提となる。
ところが外国人も多くなって昨今、その理屈が果たしてどこまで通用するのか?
間違っても置き配が「置き引き」にならない事を祈るばかりだ。