子供の頃床屋さんに行くのが好きだった。
と言っても髪型にこだわっていたおませな子供ではなく「顔剃り」が好きだったのだ。
お金を払っている以上床屋さん側も手を抜くことなく大人の客と同じように仕事をしてくれる。
どこか大人になったような気分になるのだ。
「顔剃り」は僅か10分程度の作業だが、多くの方のあまりの気持ち良さにウトウトしてしまう。
この感覚は経験のない女性には理解できないだろう。
ある時、行きつけの床屋さんに何故か若い理容師さんが突然いた。
今から思うとその家の息子さんかそれとも修行に来ていたのか不明だが、とにかく若いおにいさんだった事が印象に残っている。
おにいさんはまずシェービングブラシで顔にクリーム状のソープを広げていく。
蒸したタオルを適温に下げてから顔全体を覆う。
本来、髭を柔らかくするための作業だ。
髭のない子供にも同じように作業をしてくれる。
そしておでこからカミソリをあてていく。
顔は左右にわけて処理してくれる。
その顔の片側の最終工程で耳たぶに軽くカミソリを当てて小刻みに表面を削っていく。
耳だけにサクサクという音がじかに伝わる。
子供心に床屋さんに質問をしてみた。
「何を剃っているの?」床屋さんの若いおにいさんは笑いながら「産毛だよ」とやさしく教えてくれた。
このおにさんとのやりとりは何故か鮮明に覚えている。
その床屋さんのご主人が年配の方だったので若い床屋さんが新鮮だったのかもしれない。
ところでこの耳の産毛剃りは本当に心地良いが、現在このサービスをしてくれる床屋さん所はない。
耳の無駄毛を処理するカミソリを「穴刀(あなとう)」というらしい。
実はこの「穴刀」による事故が絶えなかったためにほとんどの自治体が条例で「穴刀」の使用を禁止してしまったのだ。
ということで最近の若い床屋さんは「穴刀」を触った事すらない人がいるという。
日本の職人技が消えていくようでさびしい話だ。
最近では耳毛に頭を痛めているシニアの方であの頃のように耳付近の処理を嘱望する方は多いだろう。
自分のあの頃のように耳の産毛を剃ってほしいのだ。
なにしろこればっかりは耳毛カッター対応できないからだ。
例えば耳の穴に「栓」をしてから作業するなど手はあるような気がする。
何でもかんでも杓子定規に規制するのもどうかと思う。